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駆け抜けた日々を振り返って

ギャップイヤー

かなり久しぶりの投稿です。4月からここまであまり振り返らずに全力で駆け抜けました。今回の記事では今僕が思うことをあまりテーマを決めずに自由に書いていきます。



僕は高校を卒業してすぐ東京に出ました。埼玉県に住んでいたけれど、あまり東京にはいかなかったのですべてが新鮮で刺激に満ち溢れていました。東京はすごい街です。人との出会いが加速し、本当にたくさんの様々な価値観を持つ人と話しました。また、人間社会の醜い部分や、現実の儚さ、目には見えないけれど確かにそこに存在する格差を目のあたりに。



そして、たくさんの人と繋がったけれど、結局はひとりぼっちがスタンダードなんだなと改めて感じた。この数か月自分ひとりで考える時間、自分と向き合う時間を創らなかったから上手く言葉が出てこない。言語化できない。よし、今日からは1日一時間は考える時間創ります。



3月末に箱根で知り合った縁で今仕事をしたり、シェアハウスに住んだりしている。本当にありがたいことです。あの場から僕の人生は圧倒的に広がった。4月・5月にもその縁から知り合った方がいる。


色んな人と話して、価値観に触れて思うことがある。それは、自分の軸がないと人の価値観に染まってしまうということ。別にそれは悪いことではない。だけど、僕は自分がどう思うかということを大切にしたい。


「こうするべきだ。」「これはやめた方がいい。」「そんなことするのは無駄だよ。」


色々な方がアドバイスくださった。が、それはその人それぞれにとっての「正解・正義」であることを忘れてはだめだと思う。人は全員これまで得てきた知識や体験が違う。趣味や人間関係、仕事、将来成し遂げたいこと、自分の軸が違う。それらの変数が重なり合って混ざり合って、その人にとっての正解を導き出す。だから、人によってやるべきことだったり、学ぶべきことは違うのは当たり前で、さらに言えば同じ人でも昨日と今日でやるべきことは変わる。これは僕自身が実感している。高校を卒業した時は今ほど見えていなかった。この「見えていなかった」は世界でもあり、人間関係・恋愛でもあり、人生、自分等の抽象的なことだけに限らずすべてだ。この自分というものからは抜け出せない。これが一番難しいことであり、かつ大切なこと。




自分で考えて判断し、行動する。これを徹底的に根本からできている人は少ない。もちろん僕はまだできない。結局はみんな周りの人だったり、本、ネットの情報、社会通念や価値観・常識に縛られている。ここを考え抜きたい。




この数か月行動して実感したことがある。それは圧倒的な自分の勉強不足・能力不足だ。これまでたくさん本を読んできたし、それについて議論もしてきた。だが、結局その限られた範囲だけを知った気になっていたのだと思う。だからこそ、今勉強モチベが半端ない。ここでいう勉強については長くなるので別の記事で。



今は18歳で、様々な場に挑戦する勢いと熱がある。これは僕の強みであり、弱さでもある。最近ニュースやメディアで同級生の活躍を目にすることが増えた。素直に嬉しい。圧倒的に突き抜けている。繰り返しだけど、めちゃくちゃ嬉しい。僕も今はまだまだだけど、一歩ずつ成長していく。熱と理想だけで終わりたくない。



短いけど、終わりにします!また書きます。では。




今日の名言

人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし

急ぐべからず

不自由を、常と思えば不足なし

徳川家康






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